男鬼城跡
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投稿者: よし
投稿日: 2009年5月9日
男鬼の町から比婆神社まで登り、比婆神社の本殿上の獣道を東へ約1㎞、地元の古老さんが年貢道と教えてくれた尾根道を途中で野生の鹿に出会いながら進むと突然広大な山城の跡に到着します。
これが男鬼城(近江高取山城)の跡地です。
『歴史群像』2009年2月号で紹介されて、歴史ファンに急に示された山城ですが、その規模は広大な物で、標高673mの位置にありながら単なる砦では説明が付かない位なのです。
彦根側から城跡に入る為には急な坂を登り、登りきったらすぐに虎口が待っています。そこから大きな堀切を渡って本丸に着くと石垣を積んでいたと思われる人工の石が散乱し、その向こうは大きな堀切と2筋の小さな堀切が並ぶ3列の堀切という珍しい光景にも出会えました。
彦根藩四代藩主井伊直興の頃の記録から男鬼城主は”河原豊後守”であったと書かれています。この人物の詳細は不明ですが、河原氏は甲良氏と同族であったようで、甲良豊後守と言えば大棟梁で有名な甲良宗広の事です。
男鬼城主と大棟梁が同一人物である可能性は0ですが(時代も違います)、もしかしたら甲良宗広に何らかの関係がある先祖か数代前の一族の誰かが河原豊後守なのかもしれませんね。
場所: 高取山(男鬼町)
カテゴリー: 歴史
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